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▲加古川工場1・2炉CDQ設備 |
都市ガスの天然ガスへの転換に伴い、昭和61年(1986)、加古川工場は約16年間のCOG供給を停止。平成元年(1989)には、神戸製鋼尼崎工場の閉鎖により、昭和36年(1961)築炉以来1門当たり14万4千トンのコークス生産実績と1万5千回の窯出し記録を残した大浜4・5炉95門が炎を消した。翌年、尼崎工場のCOG供給が停止。また、微粉炭吹込みによるコークス需要の減少により、尼崎工場扇町コークス炉の休止を決断。平成6年(1994)、当社発祥の尼崎の地からコークスの炎が消えることとなった。翌年の阪神淡路大震災を乗り越え、様々のプロジェクトと共に、当社の存続をかけた厳しい挑戦が始まった。 |
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昭和61年
(1986) |
加古川工場大阪ガスCOG圧送停止
加古川工場コークスセンター完成
社内人権研修始まる
加古川工場3グループ粉砕開始 |
昭和62年
(1987) |
特定不況業種指定
全社累計装入炭量1億トン突破
加古川1・2炉CDQ設備稼働 |
昭和63年
(1988) |
尼崎工場大浜炉窯出本数日本新記録
15,000回/門 |
平成 1年
(1989) |
加古川工場3・4炉炉上1名体制(世界初)
大浜4・5炉(95門)休止 |
平成 2年
(1990) |
尼崎工場大阪ガスとのCOG取引終了 |
平成 3年
(1991) |
寺岡社長就任
国内炭取引終了 |
平成 4年
(1992) |
扇町1炉(40門)休止 |
平成 6年
(1994) |
扇町2・3炉(70門)休止
(尼崎工場コークス炉全面休止)
全社累計込コークス生産1億トン突破 |
平成 7年
(1995) |
阪神淡路大震災被災
(原料炭繰り 超低操業) |
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